precious 57





明日の退院の準備をしていた家政婦が風呂敷き包みを見つけ、総二郎はうっかりその存在を忘れていた。

それは優紀の出産の連絡を受け慌てて邸を出るとき、使用人頭から持たされたものだった。

家元夫人からだと言っていたことを思い出し、何だろうかと不思議に思い包みを開くと中身は赤ん坊の産着とレースの飾りがたっぷり付いた赤ん坊の服だった。

「あら、まあ、素敵なベビードレスですね」

「ベビードレス?」

総二郎が手にしたそれを見て家政婦がにこやかな笑顔を見せた。

「ええ、ベビードレスですよ。退院のときに着せるんです。優紀様がご用意されていた荷物の中にはベビー服しかなかったので、それを着せて差し上げるつもりだったんですけど、こんなにステキなベビードレスがあってよかった」

その中にはドレスとお揃いの小さな帽子なども入っていた。

「お揃いの帽子におくるみまでありますよ。本当にかわいらしいですね。あら・・・これ、どなたかのお下がりなんですか?クリーニングのタグが着いていますよ。もしかして、西門様のお小さい頃のものですか?」

「え?いや、分からない。何も聞いてないから・・・」

総二郎は家政婦に風呂敷ごと渡し、明日赤ん坊に着せるように頼んだ。

赤ん坊に必要なものは優紀が揃えたものを使うように家政婦に命じていた。

優紀が揃えたものは高価な物ではないようだったが、総二郎は優紀の気持ちを考えれば使ってやりたかった。

ただ数は最低限しかないうえに、優紀の寝間着は粗末なものばかりだった。

お金に余裕のなかった優紀は自分のことは二の次で赤ん坊に精一杯良いものを与えようとしていたのだろう。

総二郎はそれを知ると、すぐにデパートの外商を呼びつけ家政婦に必要なものを十分に準備させていた。

「ベビードレスは準備しなかったのか?」

「はい。たぶん優紀様はベビー服で済まされるおつもりだと思いましたので」

普段着にはできないベビードレスを準備する余裕は優紀にはなかったのだ。

それにしても新品ではないものを持たせるなんてと一瞬頭を過ったが、先日病室を訪れた家元夫人の様子から考えれば嫌がらせではないだろうと思った。



総二郎は病室に泊まり込み、退院の準備に忙しい家政婦の代わりに優紀のそばにいた。

相変わらずうつらうつらしている時間が長かったが、それでも睡眠が取れているらしく多少顔色が良くなってきていた。

赤ん坊にベビードレスを着せると人形のように愛らしく、総二郎は眠っている優紀の隣に寝かせると写真を撮った。

パシャッという機械音に優紀が目をうっすらと開けた。

・・にし・・・か・・・どさ・・・ん・・・

「起こしたか?悪かったな、ふたりの写真を撮ってたんだよ」

優紀は小さく頷き、隣に眠る赤ん坊にゆっくり視線を移すと不思議そうな顔をした。

「ああ、これか。ベビードレスっていうらしいよ。知ってるか?」

優紀はまた小さく頷くと、ふわっと明るい微笑みを浮かべた。

ありがとう・・・ございます。かわいい・・・・うれしい・・・

優紀は赤ん坊の小さな手を握り、よかったねと話しかけている。

優紀のそばにいるからだろう赤ん坊はぐずりもせず、元気よく手足を動かす。

「今日、退院だよ。赤ん坊と一緒に退院できて良かったな」

はい・・・ごめいわく・・かけ・・・て、ごめんなさい・・・・・」

「何が迷惑だ。優紀がこいつを一生懸命守ってくれたんだろう?ありがとうな」

総二郎は優紀の頭を少し乱暴に撫でた。

「早く元気になれ、優紀」

総二郎が笑いかけると優紀は瞼を閉じゆっくりと頷いた。

退院の準備が整うあいだに優紀は授乳をしてまた眠りに落ちていた。

「車いすよりストレッチャーをお持ちしましょうか?」

車いすを持ってきていた看護師が眠っている優紀を見て総二郎に尋ねた。

「いや、寝かせておいていい。赤ん坊を頼むよ」

家政婦に赤ん坊を頼むと、総二郎は優紀をブランケットに包み軽々と抱き上げた。

くたりと身を預ける優紀は羽のように軽く、それは出産前よりも軽くなっていて総二郎はヒヤリとせずにはいられなかった。

少しばかり顔色は良くなったように見えるが一向に体力の回復の兆しが見えず、総二郎はずっと不安で、自分のしでかしたことの惨さも感じ続けていた。

廊下で待ち受けていた医師や看護師は総二郎が優紀を抱きかかえて現れたとのを見て驚いていたようだったが、手短に挨拶を済ませた。

乗り込んだエレベーターはノンストップで地下駐車場に下り、すでに待ち構えていたリモに乗り込んだ。

家政婦に抱かれた赤ん坊も大人しく、総二郎は膝の上の優紀をぎゅっと出しめた。







はい、風呂敷包みの中身がはっきりしました。
もうちょうっと分かって来ることがありますが、それは次回くらいかな?
この件、ちゃんと考えていたのですが、入れるのを忘れていました。コメでご指摘頂き、自分でも慌てました(笑)F様どうもありがとうございました。


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precious 56



喫茶ルームに総二郎と家元が足を踏み入れると店内はしんとなった。

ふたりともカジュアルな装いだというのに長身にピンと伸びた背筋と醸し出すオーラは周囲を圧倒するものだった。

ふたりは端のテーブルに座った。

「突然来て悪かったな」

「それはもう結構です。一体、何のお話ですか?」

病室で優紀を見つめる総二郎とは打って変わって厳しい表情をしている。

この子がこうも感情を露わにしているのを見るのはいつぶりだろうかと家元は考えていた。

年の離れた兄が家を出ると同時に幼かった総二郎に次期家元の期待が突然降り掛かった。

もともと賢く、兄よりも才能の片鱗を見せていた総二郎は周囲の期待を敏感に感じ取ると徐々に子供らしい笑顔を見せなくなり、中学生になれば悪い遊びを覚え親のもとに寄り付かなくなった。

稽古だけはしっかりしていたけれど、そんなものでは周囲に受け入れられるはずもなく、輝かしい才能が曇っていると家元は残念に思い、どうしてやるのが良いのだろうかと悩んでいた。

けれどいつの頃だろうか、何か楽しいものを見つけたのかひどく機嫌がよい時期があったと思ったら、暗い顔をして思い悩むようになった。

それでも稽古には真摯に取り組むだけの冷静さは持っていた。

「見合いの件だが」

「いま、それを話すんですか?!先ほど、優紀を嫁に迎えるとオレは言ったはずです」

総二郎が怒りを露わにするのを見て、あの少女の何が特別なのか、何を持っているのだろうか家元は初めて優紀に興味を抱いた。

若いころには総二郎と同じ遊び人だった家元は、優紀をただ単に総二郎の遊び心を満たす相手くらいにしか思っていなかった。

妊娠させ、慌てて冷静さを欠いていると読んでいたのだ。

調べてみれば、優紀は悪意とはまったく縁遠く、ただまっすぐに総二郎に恋している、かわいいだけの無垢な少女だった。

遊びを続けていたくせに、優紀は総二郎の中で特別だったのだ。

総二郎は自分でも優紀の存在を持て余していたというところが本当だろう。

自分では処理できない本気の想いだったのだろう。

あの見合い相手も優紀の爪の垢ほどの清らかさを持ち合わせていれば総二郎の気持ちを少しは魅きつけることが出来たのかもしれない。

家元は優紀の失踪に見合い相手の影を感じとり同時に調べさせてみれば、総二郎の遊び相手を金で形を付けていたことがわかり、そのうえ、優紀の出産が早まったことにも絡んでいるようだった。

あの弱々しい少女を平気で傷つけるよう女性。

「落ち着きなさい、総二郎」

「申し訳ありません」

家元のいつもと変わらない様子に総二郎はばつが悪そうだった。

「総二郎、見合いの件はお断わりするつもりだ」

ひとを傷つけて平気な女性を家元夫人に迎えることなど考えらない。

「え・・・・いいんですか?」

「ああ」

「そうですか・・・どうもありがとうございます。家元、お伝えしておきたいことがあります。わたしは・・・邸を出ます」

「総二郎?」

「優紀を、優紀と赤ん坊をふたりきりにはできません。オレがそばにいてやらないと・・・そばにいてやりたいんです。優紀を守ります」

我が子ながら見惚れるほどいい顔をしていると家元は口元が緩んだ。

「邸を出ることは許さん」

「家元!」

「総二郎、邸を出ることは許さん。その代わりに奥の離れを用意させよう。邸なら使用人も多いし、赤ん坊の世話にも事欠かないだろう。優紀さんが静養するのにも静かだし、絶対に安全だ。それに・・・おまえがそばにいてやれるだろう」

総二郎は信じられない提案に言葉を失った。

「だが・・・・優紀さんと赤ん坊を邸に入れれば、おまえは家元への道を閉ざされるかもしれん。あとで悔やまないか?優紀さんを責めたりしないか?」

「しません」

総二郎はきっぱりと言い切った。

「いいのか、本当に?」

「はい」

総二郎から何の迷いも感じられなかった。

ふたりの話しはそれで終わり、無言のままどちらかともなく席を立った。

病室のある階でエレベーターを下りると、総二郎は足を止めた。

「家元、ありがとうございます」

総二郎が深々と頭を下げると家元はただ頷いた。







もうちょっとあっさり書くつもりだったのにがっつり書いてしまいました(笑)
男ふたりの会話なんて面白くないんだけど、あっ、総二郎とあきらは別ですが。華やかな感じがしますからね。
優紀の回復をお待ちいただけて嬉しいです。もうちょっと時間がかかりますが、少しずつ良くなっていきます。
長いお話になってきていますが、よろしくお願いします。

precious 55





しばらくの間、ふたりは赤ん坊を覗き込み頬笑みながら声をひそめ話していた。

家元夫人が小さな手に触れると、赤ん坊が家元夫人のその指を握った。

「まあ・・・・・あなた、ご覧になった?わたくしの指を握りました」

家元夫人は嬉しそうに声を上げ、見たこともない笑顔を家元と総二郎に交互に向けた。

「ああ、本当にかわいい子だ。総二郎の小さなころにそっくりだな」

家元の表情はさらに優しくなったように、総二郎には見えた。

いつまでも飽きずに赤ん坊を覗き込んでいたふたりは、まだ疑心暗鬼の総二郎のきつい視線にようやく気がつき顔を上げた。

ベッド脇に立っている総二郎のそばに歩みより、優紀を見るとふたりはかける言葉もないようだった。

いまにも儚くなってしまいそうな優紀の様子に、先ほどまでの穏やかな空気がぴりりと緊張感を帯びた。

「優紀さんは大丈夫なのか?」

家元は眉間に皺を寄せ、家元夫人のほうは真っ青になっていた。

「大丈夫なはずがないです。自分だけでは赤ん坊を抱き上げる力もないし、起き上がることも出来ません」

「良くなるのだろう?」

「ええ、いづれは良くなるでしょう」

総二郎は言葉を濁した。

本当に良くなるのだろうか?

良くなって、あのふんわりとした可愛らしい微笑みが見られるのだろうか?と、総二郎はおぼろげな不安を抱えていた。

「総二郎、少し外で話せないか?」

総二郎は自分が靴のつま先を凝視していたことに気がつき、それを隠すように俯いていた顔をまっすぐに上げた。

「ここでは優紀さんを起こしてしまうだろう」

「優紀をひとりには出来ません」

「わたくしが見てますから大丈夫よ。総二郎さん、家元と話していらっしゃい」

家元夫人はベッド脇の椅子に当然のように腰を下ろした。

「行こう、総二郎」

総二郎は後ろ髪を引かれる思いで仕方なく家元に付いて病室を出た。





病院からの帰りの車の中で家元夫人は柔らかく穏やかな様子だった。

家元はそれをそっと伺いながら、新しい命が自分たちの何かを変えていくのを感じていた。

それにしても、あの総二郎の変貌ぶりときたら・・・

家元がくすりと笑いを漏らすと、家元夫人が問いかけるように振り向いた。

「総二郎を見たか?」

「はい」

総二郎の変貌ぶりを噛み締めるように家元夫人は瞼を閉じるとゆっくりと頷いた。

「総二郎が・・・総二郎が家を出ると言った」

家元夫人は弾けたように振り向いた。

「どうして?もちろん止めて下さったんですよね?」

家元夫人は蒼白になり家元に詰め寄った。

家元は妻の悲壮な様子から、長男が家を出たことを思い出しているのだと察した。

あのときは、悲しみに打ちひしがれているのに必死で家元夫人としての体裁を取り繕っていた。

妻は家を捨て出て行く息子を庇ってやることも出来ず、見送らざるおえなかったことが癒えぬ傷になっている。

次男までをまたしても失うことになれば、妻にとってどれほどの悲しみになるのだろうかと家元は懸念していた。

「もちろんだ」

「よかった・・・あなた、ありがとうございます」

家元夫人は安堵しほっと息をつくと肩から力が抜けたようだった。

「帰ったらすぐに離れの準備をしてやりなさい」

「よろしいんですか?」

「総二郎を止めるにはそれしかないだろう。とにかく・・・いまはこれしか考えつかないし、打つ手もない。それに・・・おまえもそうしたいと思っていたのだろう?」

「あら・・・・・あの子、総二郎にそっくりでしたね。本当にかわいかったわ」

家元夫人が小さく微笑みを浮かべた。

「ああ、そうだな」

「あの・・・優紀さんの病室に訪れるのは総二郎だけだそうです」

「そうか」

ふたりはその事実を、息子があの少女にしたことを深く受けとめざるおえなかった。

それ以上言葉を交わすことはなかった。

それぞれ去来する想いを胸に秘め、車は邸に向かっていた。







隠れ家の場所、お分かりいただけたでしょうか?
「もしかしたら?」とコメいただいている方もいらっしゃいました。大当たりでした♪
家元と総二郎の話しは割愛しました。・・・とか、いいません!後ほど、書きますね〜。
家元夫人は家政婦さんからいろいろ話しを聞いています。ここはたぶん書きません。

暑いですが、みなさま、体調にご注意くださいませ。

precious 54





優紀は赤ん坊に乳をやると食事もそこそこに眠りに落ちてしまった。

「寝てばっかりだな」

総二郎は優紀の削げた頬を撫でた。

「優紀様は西門様が傍にいらっしゃると安心して眠ることが出来るんですよ。さあ、いまのうちに西門様もお休みになって下さい」

家政婦は総二郎のために枕とブランケットをソファーに用意し声をかけた。

「そうさせてもらうよ」

総二郎はソファーに横になると眠気に襲われた。

仕事と病院の往復で満足に寝ていないのは総二郎も同じだった。

窮屈なソファーでは長身の総二郎は熟睡できるはずもなく、うとうとと微睡んでいるとノックの音に目を覚ました。

看護師や医師ならばノックして勝手に入って来るのだが、いつまでたっても扉は開かれない。

家政婦は席を外しているらしく、仕方なく総二郎はソファーから起き上がった。

警備のしっかりした院内だから安全を疑うことはないが、総二郎は訝しく思いながら扉を開けた。

「あ・・・・・」

総二郎は目の前のひとを見て、言葉を失くし立ち尽くした。

「総二郎、突然押しかけてすまない」

そこには、家元と家元夫人が並んでいた。

「・・・・・・・・」

総二郎はこのふたりが揃ってなぜここにいるのか分からず、告げる言葉もなく自然と身構えた。

優紀のことをよく思っておらず、結婚を反対をされ、家元夫人に邸に留め置かれたことを考え合わせると良からぬことになると勘ぐらざる終えない。

優紀と赤ん坊を守るのは自分だと総二郎はふたりを招き入れることはせず、扉の前に立ちはだかった。

「おふたり揃ってどうしたんですか?」

「総二郎さん・・・赤ちゃんは元気なの?」

家元夫人が心配そうに総二郎を見上げ問いかけるが、返事をする気になれずしぶしぶ頷いた。

「中に入れてくれないか、総二郎」

総二郎は拒みたかったが、家元の威厳に満ちた声に視線を外すことしかできなかった。

「赤ん坊に・・・・おまえの子に会わせてもらえないか?」

「どうしてですか?」

本当におまえの子か、騙されたのだと責めたのは誰だと総二郎は眉間に皺を寄せた。

「孫に会いたいと思うのはいけないだろう?」

「孫?孫だと認めるというのですか?」

総二郎は今更何を言い出すのだと失笑したが、家元は引き締まった表情で頷いた。

この後に及んで何のためにその場限りの嘘をつくのかと思いはしたが、総二郎は廊下に出ると後ろ手で扉を閉めた。

「いいでしょう。赤ん坊を孫だと認めて下さるとは有り難い・・・では、母親のほうはどうするんです?優紀を嫁だと認めるというのですか?それとも、赤ん坊だけ取り上げるとでも?金だけやって、どこかに囲えとでも?」

「総二郎さん・・・」

家元夫人は総二郎の剣幕に驚きを隠せないようだった。

「何を考えているのか知りませんが、わたしは優紀と赤ん坊を日陰の身にするつもりはありません。優紀を妻に迎えます。それで次期家元に相応しくないなら葵がなればいい。わたしは葵を助けていきますよ。家元になることと茶人になることはわたしにはイコールじゃありませんから。家元にならずとも茶には専念します」

「落ち着きなさい、総二郎。もともと話し合いは終わっていなかっただろう。思ったより早く出産を迎えて、おまえも予定が狂った、違うか?本当ならもっと話し合い、優紀さんとも会わせ、私たちに認めて欲しかったんだろう?」

家元は冷静ではあるが、冷たさを感じることはなく淡々としていた。

「本当におまえの子か、騙されたのだと決めつけたのは、あなたたちです」

「それは・・・言い訳にはなるが、私たちはおまえの親だから心配だったんだ」

「心配なのは西門流で、わたしではないですよね?」

総二郎は自分がガキのようなことを言っていることに気がついてはいたが、いつもとは違うふたりに調子が狂いイライラとしていた。

「西門流の心配をしないと言えば嘘になる。けれど、お前のことを考えているのも本当だ。おまえが優紀さんと赤ん坊のことを思うのと同じことだ」

「総二郎さん・・・いろいろ調べさせてもらったの。優紀さんが一生懸命にひとりで頑張ってきたことも分かりました。家元夫人になるかは別として、あなたが優紀さんを大切に思っているのもわかります」

古狸と牝狐め、なんの小芝居だ。どんな魂胆があるというのか!

総二郎はぐっとふたりを睨み、胸の内で悪態をついていると赤ん坊の泣き声がして総二郎は急いで扉を開けた。

いま泣き声が聞こえたばかりだというのに、優紀はもうベッドから下りようと身を起こしていた。

「優紀、危ないからベッドから下りるなよ。オレが抱いてやるから待ってろ」

ふらふらしていて手を貸さないと、優紀は立ち上がることも出来なかった。

総二郎は優紀を先にベッドに横たえた。

「にしかどさん・・・・赤ちゃん・・・赤ちゃん、泣いてるから・・・・」

優紀は力のない声で必死に総二郎に伝えようとする。

「分かってる。いま、連れてきてやるからな」

総二郎は優紀の頭を撫でた。

小さなベビーベッドから泣き声を上げている赤ん坊を抱き上げ、優紀の隣に寝かせてやる。

「三十分前におっぱい飲んだばかりでしょ?・・・・・どうしたの?」

優紀が泣いている赤ん坊に背を撫で問いかけると少しずつ泣くのをやめる。

「優紀に抱いてもらいたかったみたいだな」

総二郎の言葉に優紀が小さく頬笑み、泣き止んだ赤ん坊を愛しげに見つめる。

いつのまにか家元と家元夫人のふたりは病室の端に並び、優紀と赤ん坊をじっと見つめていた。

優紀と赤ん坊は一緒に眠りに落ちていったようだった。

かわいらしい愛しいふたりをそのままにしておいてやりたかったが、それでは優紀が疲れてしまうので総二郎は赤ん坊だけをそっと抱き上げた。

初めは小さな赤ん坊の頼りなさにおっかなびっくり抱いていたが、いまではそれにも慣れてきていた。

総二郎は抱いた赤ん坊をベッドに下ろした。

家元夫人のほうは目尻を赤くし食い入るように赤ん坊を見つめていて、総二郎は仕方なくふたりに頷いてみせた。

ふたりは足音を忍ばせベビーベットに近づくと頭を寄せ中を覗き込んだ。

「まあ、まあ、まあ・・・・・総二郎の小さいころにそっくり・・・・」

家元夫人は声をひそめ、それでもひどく嬉しそうに感嘆の声を上げ家元に同意を求めるようにした。

「ああ、本当に」

家元はいつもより幾分優しい表情に見えるのは気のせいではなさそうだった。

ふたりはしばらくベビーベッドの中を覗き込んでいた。







驚きのふたりが押しかけてきました。このあと、良きに転がるのか、否か?そうそう、アンハッピーも飽きてきました。が、まだハッピーエンドまでには・・・・ということで(笑)
さて、最近、更新のペースが遅いなと思ったら、最初のころより一話が長くなっている気がします。
あまり短いと読みごたえないしと思っていたら、こんなことに(笑)
それに、この暑さですね!体調が整わない!なんだか疲れが取れな〜いwww
みなさまも、体調には十分ご注意くださいませ。


precious 53




総二郎は優紀の声が聞こえた気がして立ち上がると襖を開けた。

「優紀?起きたのか?」

和室用のローベッドに横になった優紀はゆっくりと首を巡らした。

「起きたか?ちょうど良かったよ、赤ん坊も起きたからミルクをやるところだったんだ。優紀、母乳やるだろ?」

総二郎が尋ねると優紀はほっとしたように頷いた。

「ちょっと待ってろよ」

総二郎は開けたままだった襖の向こうに声をかけると、優紀のもとに戻った。

「優紀、ゆっくり動くよ」

総二郎はゆっくりと優紀を抱き起こし後ろから抱きかかえるように支えてやった。

「あの・・・ここは?」

「新しい住まいだよ。ここは庭も見えるし、安全だ。オレも以前よりずっと傍にいられる」

優紀は不思議そうに問いたげな表情をしたが、家政婦がぐずっている赤ん坊を抱いてやって来たので意識がそちらに向いた。

総二郎は後ろから腕を伸ばし、優紀が赤ん坊を抱くのを手伝ってやる。

赤ん坊は乳を探し優紀の胸に顔を擦り寄せるのに、優紀は寝間着のボタンを外すのを戸惑っているようだった。

総二郎はくすりと笑うと片手は赤ん坊を抱く優紀の腕を支えたまま、もう片手で器用に寝間着のボタンを外してしまった。

「恥ずかしがらなくてもいい、病院でも何度も見せてもらったしな。早く飲ませてやれ」

総二郎の揶揄いに、優紀はおずおずと前を開き赤ん坊に乳を含ませた。

赤ん坊は乳を飲むのも上手くなり、しきりに口を動かし、それを優紀は嬉しそうに見つめている。

しかし肉の薄い身体は目を覆うほど痛々しく、総二郎は優紀を抱き締めた。

優紀が気怠げに総二郎を力のない視線で見上げた。

「上手そうに飲んでるな」

優紀は小さく頬笑み頷いた。

しばらく大人しく飲んでいた赤ん坊は優紀の乳だけでは足りないのかむずがり始め、家政婦がミルクを飲ませるために連れて行った。

総二郎は優紀をベッドに横たえさせ頭を撫でた。

「疲れたか?優紀に言わずに悪かったが、赤ん坊の出生届を出したよ」

優紀ははっとしたように目を見開いた。

「名前も付けなくていけなかったのでオレが付けた。倫(りん)だ。『みち。ひとのきちんとした関係・道筋』という意味だ。どうだろう?優紀はどう思う?」

「倫・・・・・素敵な名前・・・・・・」

優紀はぽろぽろと涙を零した。

「よかった。気に入らないって言われたらどうしようかと思った」

総二郎は笑いながら涙を拭いてやり、唇を重ねた。

優紀は嫌がる様子も見せなかったが、嬉しそうでもなかった。

「ゆっくり休んで早く元気になれ」

眠りに落ちた優紀の頭を撫で、総二郎は小さくため息をついた。

問題はまだ山積みだが、それでも優紀をここに住まわせて良かったと頬笑むことができた。

入院中、退院してから優紀たちをどこに住まわせるか、頭を悩ませていたときのことを総二郎は思い出していた。

あのとき、まさかこんなことになるとは思いも寄らなかったのだ。

出産の疲れは優紀の身体に大きなダメージを与え、多量の輸血をしたというのに青白い顔をして、食事もままならず自力でベッドから起き上がることも出来なかった。

それでも赤ん坊のことが気にかかり満足に眠ることも出来ず、総二郎は優紀の身体が心配で赤ん坊を離そうとしたがそんなことをすれば優紀がひどく取り乱してしまい、医師とも相談して赤ん坊はそのまま優紀と同室にしていた。

赤ん坊は元気に泣いては乳を飲み、飲み終われば眠ることを繰り返し、医師は通常通りあと三日で赤ん坊は退院できると告げたが、優紀には静養が必要のため入院を続けるかと総二郎に尋ねた。

赤ん坊だけを退院など優紀が納得するはずもなく一緒に退院させることにしたが、あのタワーマンションは手狭だし、戻るのは安全とも思えなかった。

それになによりも、総二郎が始終そばにいてやることが出来ない。

家政婦から総二郎の姿が見えないと不安そうだと聞き、総二郎は言われなくてもよく分かっていると胸の内で呟いた。

総二郎とて、いまにも儚くなってしまいそうな優紀を目の届かないところで、人任せにしたくはなかった。

総二郎はやはりあきらに相談をするかと考えているところに思いがけないひとたちが病室に突然現れた。







たくさんの拍手をありがとうございます。
赤ちゃんの名前は『alone』と同じ「倫」くんです。漢字の意味は『漢字辞典オンライン』からの抜粋です。
疑問なところがいろいろあると思いますが、これから種明かし(?)というか諸事情が(徐々に)つまびらかになっていきます。安心していただくところもあり、いただけないところもあります。
韓ドラなみに色々ことが起こりますが、みなさん、大丈夫ですか?自分の下手なお話を棚に上げ、みなさんのお力を頼っています。「わからないよ!」ということがあれば、ぜひ、お声かけください。善処します。
あ、でも、わざと分かりにくくしていたり、あとでお話として出て来るときは、お答えできかねますので御了承ください。

プロフィール

紫木蓮

Author:紫木蓮
琳派と文学に気ままに魅かれています。
こちらではだいすきな花男の二次を置いています。
類さんと総二郎優紀カップルの偏りがちなラインナップ予定です。

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