precious 76




松岡の家では三人の訪問を待ちかねていた。

総二郎が遅れたことを詫びると「仕事となら仕方がない」と義父が助け舟を出してくれた。

真面目で優しいこの義父に殴られたことを一生忘れてはいけないと、総二郎はこころしていた。

大切な娘を妊娠させたうえ家出させるまでに追い込んだ男を許してくれたのだ、義父母には感謝してもしきれない。

優紀が義母を手伝いキッチンに立つ姿は新鮮だったが、疲れてはしまわないかと気を揉んでいた。

食事を終え片付けも終えるとやはり優紀も疲れたようでぐったりとソファーに座り込んでしまった。

「大丈夫か、優紀?」

優紀は小さく頷き、総二郎が渡した湯呑みを両手で受け取ったが小さな手の中でくらりと揺れた。

総二郎は慌てて手を添えたので湯呑みを落とすことはなかったが顔色は悪かった。

「お義母さんの手伝いをがんばったから疲れたんだな」

「そうね、優紀が手伝ってくれて助かったわ。部屋で休んでいらっしゃい。掃除はしてあるからきれいよ。総二郎さん、優紀を部屋に連れて行ってくれる?」

「お母さん、わたしは大丈夫だから・・・倫もいるし・・・」

「倫なら見てるから、優紀は部屋で休んでこい。総二郎君、優紀を見ててやってくれ」

義父の膝に座った倫は楽しそうに愛想を振りまき楽しそうで、優紀もそれを見て安心したようだった。



「西門さんが見ても面白いものなんてないから・・・すごく狭いし・・・」

優紀は気乗りしない様子で階段を上がり、いよいよ部屋の前に来てもドアを開けるのを躊躇っていた。

ドアを背に振り向くと、少し唇を尖らせ困りはてた顔をしていた。

いつもより子どもぽい表情は両親に甘えたばかりのせいだろうかと推測するのも楽しい。

「優紀の部屋、初めて見るね。オレに見られて困るものでもあるの?昔の男の写真とか?」

「な、ないです!そんなのないです!」

真っ赤になって首を振る優紀がかわいくて、総二郎はまた意地悪を続ける。

「じゃ、ほかの男を部屋に入れたことを思いだすとか?」

「ないです!そんなことしたことないです!」

涙を浮かべ首を振る優紀はたまらないほどかわいらしい。

「じゃあ、見せて」

総二郎は優紀を抱きしめ手を伸ばしドアを勝手に開いた。

ひと目で見渡せるほど小さな部屋は白いレースのカーテンを透したやわらかな陽光で明るかった。

「あ・・・前のまんまだ・・・」

こぼれる言葉がどれも子どもぽいことに優紀は気がついていない。

腕のなかから抜け出し部屋の真ん中に立ち見回す優紀は小さなベッドや小さな机、小さなドレッサーたちとぴったり収まる。

白い家具のどれもが小さくて、その景色の真ん中に優紀がいればまるで人形の部屋のようだった。

総二郎は優紀をベッドに横になるように促し、床に置いてあったクッションに腰を下ろした。

「小さな部屋でしょ?」

ベッドに背を預けもたれ掛かっていると横になっている優紀が後ろから尋ねるので、総二郎は座り直し優紀を見た。

「家具が小さいな。ベッドも小さくないか?」

総二郎なら脚が使えてしまいそうで窮屈そうだが、優紀にはぴったりというか余裕もある。

「どれも普通の大きさですよ。シングルベッドならこれが普通なんです」

「へえ、そうなんだ。どれも小さくて、優紀がここにいると人形の部屋みたいだな」

総二郎は小さな頭を撫でると頬を染め、おずおずと優紀はその手に触れた。

優紀から触れられたことが嬉しくて総二郎は優紀の手を握りちゅっとリップ音を立てて口付けた。

「西門さん・・・」

ピンク色に染まった頬と恥ずかしそうに潤ませた瞳に煽られるが、総二郎はそれを隠し笑みを浮かべた。

優紀は総二郎の笑みに応えるように微笑んだ。

ふんわりと花が咲いたような微笑み。

ずっと待っていた・・・

総二郎は熱くなる胸の高鳴りを隠し、優紀の手を優しく握った。







総二郎に大切に、大切にされている優紀にふんわりとした微笑みが戻りました。
総二郎、がんばったね!
頑なこころすべてが解けたわけではありませんが、それでも一歩進めたふたりです。


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precious 75






だれ?

あの女は誰?

総二郎は『うちは女を連れ込むとうるさいんだ』と言っていても、サラだけは特別で自由に邸に出入りし、総二郎の部屋に入ることさえ許されていた。

けれど今日は邸の戸は鍵が閉められサラは入ることも許されなかったというのに総二郎は堂々と女の肩を抱き車に乗せていた。

使用人たちも、あの口うるさい家政婦長さえ揃って総二郎と女を見送っていた。

あの女は誰・・・

総二郎の左薬指に光った指輪が脳裏を過った。

結婚したのだろうかというぼんやりしていた疑いが、女を見たことではっきりとした。

どこで間違えてしまったのだろう・・・

告白しようと、あのビルの屋上に呼び出したこと?

ふたりでもう一度ビルに登ったこと?

サラは顔を横に大きく振った。

どれも間違っていなかった。

ふたりとも初恋で、お互いがとても大切で、大切すぎて自分たちの気持ちを持て余してしまった。

今なら分かる・・・

総二郎のことを過去にして、いろんな男性と付き合い経験を持てば、あのときのふたりの別れはただ単に子どもだっただけと気づいた。

気がついたからといってサラには恋人がいたし、総二郎と二度も別れを経験してみれば仕方がないんだと諦めていた。

けれど浮気した恋人への怒りと当て付けで誘った総二郎との一夜は、サラの諦めをあざ笑うように今までに経験したどの男とも違った。

サラをベッドに誘うと優しく大切に扱い、夢のようなひとときとなった。

遊び人らしい手慣れた愛撫で容易に身体に火をつけられれば身体は熱を持ち、快楽に落とされ、自ら求め淫らに誘ってしまうほどにサラは甘く蕩けた乱れた。

総二郎との行為を忘れられないまま、寄りを戻した恋人のもとに戻れば何もかもが物足りなく感じ、結婚の約束までしていたのにぎくしゃくして別れてしまった。

浮気をされても許したいと思うほどに好きだったはずなのに別れてみれば清々しくて、やはり自分には総二郎しかいないんだと確信できた。

サラがはっきりと総二郎との強い繋がりを感じているのに、自分以外の女を選んだのだろうか?

俯いていたサラは首を横に振った。

そんなはずはない。

あれはきっと押し付けられた女で、総二郎に自分の気持ちを伝えればこの歪な関係が正せる。

サラはそう信じたかった。





優紀がチャイルドシートの中でぐずる倫を覗き込み話しかけている。

自由に動くことの出来ないチャイルドシートがお気に召さないらしく倫はここから出せと声を張り上げ、優紀に腕を伸ばして抱っこをせがんでいる。

「倫、車に乗るときはチャイルドシートに座らないとだめなの。ね、わかるでしょ?もうちょっとだから我慢してね」

倫は優紀の顔を見ると嬉しそうにしたが、助け出してもらえないと分かると大きな声で泣き抗議する。

「ご、ごめんなさい」

優紀は総二郎を振り返って慌てた様子で謝った。

「倫ちゃん、ね、静かにしようね」

なおも泣いて抗議する倫に優紀は焦り宥めようとしていたが、それを総二郎は後ろから抱きとめた。

「放っておけ。泣くのも仕事だ」

「で、でも・・・」

倫が泣きうるさいからと総二郎に気を使っているが、気に障るはずもない。

それよりも優紀が慌てているのがかわいそうだった。

「倫、ママを困らせるな」

総二郎は優紀を腕に閉じ込めたまま握った手にちゅっと口付けた。

「気にするな、優紀」

「はい・・・ありがとうございます・・・」

腕のなかで頬を染め総二郎を見上げる優紀の丸い瞳がくりくりとしてかわいらしい。

総二郎は愛しくて、このまま唇を重ねたいと願うけれど微笑み返すだけにした。

ようやくほころびかけた蕾みを摘み取るような無粋なことはしたくない。

今度こそ、美しい大輪の花を咲かせようと総二郎が優紀を腕のなかに閉じ込めた。






サラがイタい子になってしまっています(笑)原作とキャラが変わってしまったwww とはいえ、前向きで(方向性は間違っているけど)好きな男を(空気も読まずに)追いかけます。しかも、自分の欲望に忠実なところが優紀より成熟した女になっています。といっても、サラとの一夜は総二郎にとって黒歴史だったりして、まったくすれ違っているんですけどね。いろいろと痛ましいことになっています。
が、優紀のほうはあいかわらず安定の幼気なさまで、総二郎もメロメロです♡

precious 74




「悪いな、サラ」

総二郎はいつもの屈託のない笑顔も揶揄う言葉も残さず背を向け、まったく振り向くこともなく行ってしまった。

総二郎に声をかけた若い使用人はサラに頭を下げると戸を閉めずに足早に消えた。

いま戸は以前と変わらず明け放たれていて、誰もいなかった。

サラは辺りをもう一度窺いひとの気配がないことを知ると迷うことなく邸に足を踏み入れ戸を閉めた。

鍵をすることも忘れなかった。

幼い頃からたびたび出入りしているので迷路のような西門邸をサラは知り尽くしている。

使用人は車の準備が出来ていると告げていた。

総二郎はきっと玄関の車寄せに向かい、そこで車に乗るのだろう。

どうしても総二郎に逢わなければいけない。

彼ときちんと別れたことを話せば「別れたって?何が?」なんて言わないに決まっている。

話しをして・・・素直に自分の気持ちを告白する。

ずっとジローに逢いたくて足繁く稽古に通うというのにすれ違い、尋ねてみれば多忙で稽古にはあまり姿を見せないとのことだった。

家元夫人にジローに逢いたいということを仄めかしても「忙しいようなの」とはぐらかされてしまった。

幼い頃から可愛がってくれた家元夫人はサラを特別扱いしてくれていたのに、近頃は取り付く島もない。

サラは車寄せの見える廊下の影に身を隠した。

黒い高級外車が車寄せに停まり、数名の使用人がトランクに荷物を運びいれていた。

使用人たちはにこやかに笑みを浮かべ、会話を交わしなにやら楽しげな様子だった。

それは今までに見たことのない光景でサラは首を傾げた。

西門家の使用人たちは常にもの静かで笑みを浮かべたり、会話をしているところなど見たことがなかった。

荷物を運び終わったのかトランクは閉められた。

最後に大きなバスケットようなものが大切に後部座席に運び入れられると、使用人たちが一斉に並び頭を下げた。

総二郎が玄関の奥から姿を現した。

「ジ・・・・・・・・」

サラは声をかけようとしたが総二郎の顔を見て口をつぐんだ。

あんな顔、見たことがない・・・

総二郎は立ち止まると振り向き、玄関の様子を見つつ家政婦長と楽しそうに話しをして何かを待っているようだった。

もともと自信満々な気取った顔は得意だけれど、あんなに大人なぽく男らしくはなかった。

優しく慈愛に満ちた笑みを浮かべると手を差し伸べた。

サラの前以外では余裕綽々を装っていたのに・・・

庇の下ほの暗い車寄せのなかで白い小さな手がぼんやりと光り浮かんだ。

なに・・・?だれ・・・?

総二郎は小さな手を握ると軽く引き寄せた。

ふらりと小さな白い影が揺らめいたかと思ったら、あっという間に総二郎の腕のなかに隠れた。

長い柔らかそうな髪とワンピースの裾が翻り、それが女性だと分かった。

総二郎は女の肩を抱き笑みを浮かべ語りかけている。

だれ・・・・・だれ・・・・?

女はとても小柄で総二郎の姿に隠れ、顔はもちろん、ほとんどその姿も見えない。

総二郎は女を後部座席に大切に乗せると自分も乗り込んだ。

使用人たちはやはり皆にこやかな表情をしてゆっくりと走り出した車を見送った。

サラはその場に座り込んでしまった。








車に乗せられたバスケットというのは倫くんを乗せたチャイルドシートです。
サラからは倫くんが見えなかったようです。よかった(ほっ)
優紀と倫が一緒に済むようになってから、西門邸の雰囲気が良くなっています。
家元夫妻はかわいい孫にメロメロで、ちょっと西門家にはそぐわないと思っていた嫁は素直でかわいらしく、不肖の息子を真面目にしてくれて、あら、実はとってもよい嫁を迎えちゃったらしいという感じ。主家族が仲睦まじいし、倫くん効果が使用人さんたちも楽しげです。
なのに、サラ・・・すいません(笑)

precious 73





「出かけるところ足止めをして悪かったな」

家元の労いに総二郎は頷いたが、面白くなさそうな機嫌の悪い表情は隠しようがなかった。

優紀たちと出かける直前、突然、家元に表に呼び出され仕事の打ち合わせに参加させられたため、かわいい妻子はもう一時間ちかく待ちぼうけを喰らわされているのだから仕方ない。

「そんな顔をするな、仕事はしっかりやると自分でも言っていただろう」

「わかっています。ですから、文句など言っていません。もう行ってもよろしいですか?優紀たちを一時間も待たせていますから」

家元はにこやかな笑みを浮かべた。

「ああ、行ってこい。松岡のご両親もお待たせしてしまっただろうから、よく謝っておいてくれ。優紀と凛とゆっくりして来るといい」

家元が父親の顔で話すのにも随分慣れた総二郎は頷き「行って参ります」と言い部屋を辞した。

優紀を待たせているのも気にかかるが、松岡の義父母を待たせるのは仕事とはいえ気が引け、自然と歩みは早くなる。

「ジロー!」

聞き覚えのある声に総二郎は足を止め振り向いた。

明るい笑顔で手をぶんぶん振って廊下を小走りに駆けて来るサラに驚きつつも、以前と変わらぬ様子に笑みが浮かんだ。

「サラ、稽古か?」

「うん、いまおわったところ。ジローは着物じゃないから稽古じゃないよね?」

「ああ、今日は用事があるから稽古は休みだ」

「用事?少し話したいんだけど時間ない?」

「悪い、急ぐんだ」

総二郎は廊下を歩きながらあっさりとサラの願いを断わり、邸への戸の鍵を開けた。

「十分でもいいからだめかな?」

「今日は急ぐんだ。稽古のことなら表のものに頼むといい」

総二郎は気が急いていたが、サラは立ち去ろうとはしなかった。

「あ・・・うん・・・ここ鍵してるの?」

「ああ、これか・・・ちょっとな。じゃあな、サラ」

邸の奥深くの離れに大切な妻子が暮らしていることは内密で、それはサラでも同じことだった。

総二郎は邸側に入ると戸を閉めようとしたがサラはそこに立ち尽くしている。

「あの、あたし・・・別れたの!」

サラは総二郎のニットジャケットの左袖口を掴んだ。

「別れたって?何が?」

総二郎は意味が分からず小柄なサラを見下ろすと赤い顔をしていた。

「総二郎様、ゆう・・・お車の準備が出来ております」

使用人に後ろから声をかけられ、総二郎は頷いた。

「悪いな、サラ」

総二郎はそれだけいうと立ち去った。




サラは廊下の先に長身で痩躯の洋装の男の姿を見つけると場所も弁えずに声を上げた。

ようやく逢えたと気が逸り、急がなきゃ、伝えたいという想いが湧き上がり頬が熱くなる。

総二郎は一瞬足を止めたがすぐに歩き始めると「急ぐんだ」と言い、話しをしたいというサラの願いをにべもなく断わった。

総二郎はサラをからかったりしても、いつも笑って願いを聞き入れてくれていたというのに歩みを止めることすらしない。

総二郎の部屋にも入ることもできたのに、いつの間にか邸への戸には鍵がされていて立ち入ることも許されない。

自分が知らないことが何かあるのかもしれないと震えてしまいそうだった。

いけない、いけない、急がなければと気が焦り、順番に話したかったのに口から溢れたのは伝えたいことばではなかった。

「あの、あたし・・・別れたの!」

サラはつい総二郎のニットジャケットの左袖口を掴んでしまった。

「別れたって?何が?」

総二郎はまったく意味が分からないというように呟き、振り向くことなく立ち去った。

サラは立ち尽くしていた。

総二郎のジャケットの袖口を握ったとき、左手の薬指に指輪が光っていた。








サラ、登場!
優紀のことしか頭にない総二郎はサラの様子に気を配る余裕はまったくありません。
余裕ではなく、興味がないというのが当たりでしょうけど。
やっと優紀の気持ちがほぐれてきたというのに・・・
総二郎、頑張って下さい!


precious 〜ふたつのLについて〜

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プロフィール

紫木蓮

Author:紫木蓮
琳派と文学に気ままに魅かれています。
こちらではだいすきな花男の二次を置いています。
類さんと総二郎優紀カップルの偏りがちなラインナップ予定です。

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